ああ、これが腐れ縁というのだろうか。

「なによ、キスぐらいで」
あんな強気だったが実はファーストキスだった。平気な振りしてごめんね。本当は白目むいて死んでしまいそうなくらい心臓が鳴ってた。あの時、あたし自転車引いてたでしょ。あの自転車のハンドルすごいぎゅって握ったの。暗かったからわかんなかったと思うけどすごい赤面したしそのあとすごく顔面蒼白になった。今じゃ考えられない挨拶程度の唇を一瞬重ねるだけの軽いキスがあんなにもあたしを揺るがした。
好きだとか愛してるとかそんな確認したことはなかったけど、思い切り甘えてくれたことは本当に嬉しかった。それなのに、いつまでも友達気分が抜けないで茶化してばかりでごめんね。ドキドキしすぎて恥ずかしかったんだぁ。

デートはいつも君の部屋。君の家は丘の上で、グルグル道を登りでずーっと歩いていくところにあった。途中にちいさなお地蔵様がいてそこを通るたび君は合掌した。「お前、バチあたるぞ」「あたし関係ないもん仏教とかそういうんじゃないし!」無理やり捕まえられ、羽交い絞めのような形で合掌させられた。あぁ、こいつ背が大きい、手も大きい。男という生き物だということを実感した瞬間だった。突然お姫様抱っこもされた。わー、男ってこんなことも出来るんだ!と大そう驚いた。
泥だらけになって遊んでいた仲良しグループからいつのまにか外れて、ふたりでいろんな将来の話をするようになり、ファーストキスから始まった幼い恋。初体験も彼で済ませ、その近い未来に別れを予測しているわけない。でもそこには少なからず思いやりと優しさという愛があったのだ。
確認しあうほどのことではない無償の愛である。



恋人という枠にうまくはまらなくなるにはそう時間は要しなかった。でも私たちは合意の上明るく友人関係を続けることにした。
「俺、初めてがお前でよかったー!」
「あたしも、よかった!!!」

「今はまだ俺たち子供だし、これからどうなるかわからないけど…きっとお前とは絶対最終的に結婚しそうなんだよな。そしたらよろしくな」




君もあたしも大人になってそんな約束?どっか忘れてしまった。あたしたちはあんなにピュアだったのに、体だけの寂しい関係をつづけてしまった。情欲だけの醜い関係。近況を話すでもなく、悩みの相談もなにも、むしろ笑って話しているかもわからない。汗とぬるい息が混じる愛のないSEXを続けた。余韻に浸るひまなどない。事が済めばそれぞれ勝手なのだから。
「ねぇ、昔さ―」
あたしは愛のあったあの頃の話を始めた。いつも公園で語り合ったこと、塾に原チャリで迎えに来てくれたこととか、いろいろ。
「おめぇ、いくつだよ。いいかげんそういう昔話をキラキラして話すのやめね?」
ため息と鼻で笑うのと同時にするような感じで吐き出した。
「でも、じゃあ…アレ、前に言ってたやつそのときの感情に流されただけか、やっぱり」
「あれ?なに?何か言った?」
「約束って言うかー、なんつーか。忘れたならいい。」
思い出そうとするような表情で君は着替え始めた。



次の約束なんてするわけない。本能だけで探り合う仲だから。食事を楽しむとかそういうこともないし、お互いに恋人がいるかどうかも知らないはずだ。無論、あたしはいない。連絡の内容だって「今日、ヤれるか」「近いうち、ヤろう」とかそういうことだけ。
今日はなんだか落ち込んだ。あたし、何やってるんだろう。いつまで“あの頃”気分でいるんだろう。もう、次から会うのやめようかなー。もはや友達ではないもの。
「じゃあ、あたし帰るわ」
「おう」
ほら、次のこと言わない。しかも送ってもくれない。もう夜なのに。あれー、あたしなに期待しちゃってるんだろう。本当はもっとあの頃みたいに話したいし、食事にだって行きたいのに。大人になったんだしお酒だって呑みに言ってみたい!…のに。ってまた“あの頃”気分になっちゃったよ。
玄関を出て、「あ゛ーっ」って声にしてため息ついた。
しばらくしてメールが、あ、彼。
「別れても別れても結局お前とは結婚しそうだ」
ドキッとした。見る見る顔が赤くなるのと鼓動が早くなるのがわかった。さらにスクロールしていくと
「ってな。言った、忘れてねーし」
少し安心したその後すぐに、飛び込んできた文字に堪らなく悲しくなった。
「でも、人が一生同じ気持ちでいつづけるのは奇跡。少なくとも俺にその奇跡はおこらねー」

あの頃に還りたい。